高齢犬の認知症
認知症とは
シニア犬・老犬の認知症(いわゆる痴呆)は、老化や脳梗塞・脳出血、栄養障害などによって脳神経細胞や自律神経がうまく機能しなくなることで起こります。
11・12歳を過ぎるころから発症するといわれ、犬の寿命が延びて高齢化がすすむのと同時に認知症も増加してきています。
では、認知症を発症するとどのような行動や変化がでてくるのでしょうか。
- 意味もなく単調な声で鳴く
- 昼夜逆転してしまう
- 夜鳴きをする
- 前にのみとぼとぼと歩く
- 狭いところ(壁の隙間や机の下など)にもぐりこみ、出られなくなる
- 右旋回、もしくは左旋回のみを繰り返す
- 名前を呼ばれても無反応、飼い主が来ても喜ばない
- 食欲旺盛でよく食べるのに、下痢もせず痩せてくる
- 直角のコーナーで方向転換ができない
- 学習したことをわすれてしまう
- おもらしなど、トイレの失敗が多くなった
といった、人間の認知症と同じような症状が見られます。
通常、上記の症状が時間をかけて1つ、2つとゆっくり現れますが、飼育環境の変化や病気の発症(または回復後)、突然の騒音などが引き金となり、急激に悪化することがあります。認知症は早期発見が改善の要となります。
痴呆犬の発生状況
全年齢における発生率は平均0.4%程度で、腫瘍や心臓病、糖尿病に比べればはるかに発生率は低く、その理由はおそらく全犬種の中で雑種や柴犬の飼育頭数が減少していることが考えられます。
発生時期については季節と関連があり、気温の低下が始まる10月から発症例が増加して1月が最も多くみられます。
そして気温の上昇とともに減少傾向になります。
つまり飼い主さんが痴呆に気づき来院するのは冬が多いと考えられます。
痴呆の診断
痴呆の診断は診察に来られたワンちゃんの状態と、飼い主さんからの情報で判断します。
現在、痴呆テストと呼ばれる簡易診断法がありそれを参考にしています。
■犬の痴呆テスト(13歳以上)
1.夜中に意味もなく単調な声で鳴き出し、止めても泣き止まない。 |
2.歩行は前のみ、とぼとぼ歩き、円を描くように歩く(旋回運動)。 |
3.狭い所に入りたがり、自分で後退できなくて鳴く。 |
4.自分の名前がわからなくなり、飼い主の判断もできない。何事にも無反応である。 |
5.よく寝て、よく食べて、下痢もせず痩せてくる。 |
判定:1項目で痴呆を疑う。2項目以上で痴呆と判定する。
また、飼い主さんには認知症の症状に見えても実は病気のサインであることもあります。
気になることがあれば、どのようなことでもお早めに当院までご相談ください。
認知症の予防について
シニア期にはいったら次にあげるような予防を心がけることにつきます。
根本的治療法がないことがそのまま寿命につながるわけではなく、適切な対応である程度進行を遅らせたり、症状を改善することもできます。
1)日光浴をさせる
日光を浴びることで、体内時計をリセットさせましょう。その結果、脳に良い刺激のリズムを与えることができます。
2)昼寝をさせないようにする
昼夜逆転してしまった場合、なるべく昼間に起こし体を動かしておくことが大切です。
こまめに声をかける、おもちゃで遊ぶなどの刺激を与えるようにしましょう。
3)積極的に運動をさせる
筋肉の衰えや寝たきりを防ぐことは認知症の進行防止にもつながります。
また、お散歩に出て外の匂いを嗅いだり、土の上や草の中を歩いたり、お友達と交流することはとても良い刺激になります。
4)部屋の環境を整える
床を滑りにくい素材にする、クッション材などを使って部屋の角や家具の隙間を保護する等、お部屋の中を安心して歩き回れるよう整えてあげましょう。
また、老犬は自律神経の機能が低下しているので室温に気を付けることも大切です。
夏に涼しくするのはもちろん、冬は26~27℃、人が少し暑いと感じる温度に設定しましょう。
外出などで目を離さなければならない場合は、サークルの中でお散歩をさせることもお勧めです。
5)声掛けをするように心がける
スキンシップと同様、飼い主さんに構ってもらうことが良い刺激となります。
また、こまめにコミュニケーションをとることで愛犬に安心感を与えることができます。
6)サプリメントを活用する
DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)は血液をサラサラにして動脈硬化を防いだり、 脳神経細胞を活性化させたりする働きがあります。
特に、柴犬をはじめとした日本犬は長い間魚を中心とした食生活を送ってきたため、他犬種に比べてDHAやEPAの要求量が高く、認知症を起こしやすいといわれています。
サプリメントの他、動物用の塩分の少ない煮干しなどの青魚をごはんやおやつに加えるのもよいでしょう。
他にも、活性酸素をおさえる抗酸化物質やビタミンなど、認知症に効果があると考えられている栄養素はいくつか存在します。
くわしくは「老犬の栄養補助」も参考にしてください。
7)マッサージをする
マッサージやボディ・ケアはで皮膚や手足に刺激を与えることが脳の活性化につながります。
また、スキンシップをとおして、愛犬の気持ちも明るくなります。
8)腰の周辺を温める
中医学(東洋医学)では、「腎」の間に「精気」が貯められると考えられています。
シニア犬・老犬は、「精気」のなかでも親から受け継いだ「先天の精気」が少なくなってしまい、加齢に伴う様々なトラブルの原因となります。
腰回りを温めて「気」を補い、巡りをよくすることで各種症状を予防・改善することにつながります。
認知症の治療について
犬の認知症・痴呆に有効な治療薬というもの残念ながら現在ではまだ存在しません。
海外では、塩酸セレギリン (覚せい剤原料)、ペントフィリン等が動物用として使用されていますが、日本国内で動物用として認可を受けている成分はありません。
しかしながら、近年、ヒトの認知症で用いられるドネペジル塩酸塩投与により、犬の認知障害が改善したとの報告があります。
夜鳴きや徘徊などの随伴症状に対して
抗精神病薬、抗不安薬、鎮静剤、麻酔薬を使用されることがありますが、結果として認知機能の低下やその他の副作用の原因となってしまうことがあるので、慎重に使用する必要があります。
サプリメントなどについて
DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)などは認知症やそれらの随伴症状に対する効果が示唆されています。
犬の認知障害症候群(CDS:Canine cognitive Dysfunction Syndrome)はヒトのアルツハイマー病と病態が類似していることから、今後のヒトのアルツハイマー病の治療研究の進展が待たれるところです。
参考までにヒトの認知症治療薬についての概略を記載します。
*参考 ヒトの認知症治療薬について
ヒトの認知症は要因によりいくつかに分類されますが、「アルツハイマー病」が最も多く、次いで「血管性認知症」、「レビー小体型認知症」が挙げられます。
認知症の治療薬として認可されているのは、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬のみですが、いずれも症状の進行抑制のみで、根治できるものではありません。
その他、認知症の周辺症状の改善のために、抗精神病薬・抗不安薬、脳代謝改善薬、漢方薬が用いられます。
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬
ヒトのアルツハイマー病では、脳内コリン作動性神経系の顕著な障害が認められています。
アセチルコリンエステラーゼ (AChE) 阻害薬は、AChEを阻害することで脳内のアセチルコリン濃度を高め、 脳内コリン作動性神経系を賦活する作用を有しています。
(主な薬剤)ドネペジル塩酸塩、ガランタミン臭化水素酸塩、リバスチグミン (貼付剤のみ)
NMDA受容体拮抗薬
ヒトのアルツハイマー病では、記憶や学習に関与する中枢のグルタミン酸神経系に機能異常が生じています。N-メチル-Dアスパラギン酸 (NMDA) 受容体拮抗薬は、グルタミン酸神経系の過剰興奮を抑える効果を有しています。AChE阻害薬とは異なる作用機序を持つことから、AChE阻害薬との併用が可能です。
(主な薬剤)メマンチン塩酸塩
抗精神病薬・抗不安薬
認知症患者では、攻撃性、叫び、徘徊や不安、うつ気分、幻覚等の行動・心理症状 (BPSD:Behavioral and Psychological Sumptoms of Dementia) をしばしば伴いますが、これらの症状に対して、いくつかの抗精神病薬・抗不安薬の有効性が知られています。
(主な薬剤)非定型抗精神病薬、抗うつ薬
脳代謝改善薬
脳梗塞後遺症による意欲低下の改善等に用いられますが、血管性認知症に対する効果も報告されています。
(主な薬剤)ニセルゴリン、アマンタジン
漢方薬
抑肝散は、ヒトにおいて主に神経症に対して用いられますが、ヒトの3大認知症 (アルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症) のBPSDに対して効果があることが報告されています。認知症モデルラットにおいて、セロトニン神経系の賦活作用が確認され、BPSDへの効果が示唆されています。
(主な薬剤)抑肝散、釣藤散、黄連解毒湯、八味地黄丸、帰脾湯など
認知症の介護について
1)夜泣きについて
痴呆犬において多くの相談の中で最も多いのが、夜泣きです。
ほとんどのワンちゃんが夜の11時以降から朝方にかけて、遠吠えのような響きわたる声で一定期間泣き続けます。
飼い主さんがいれば、鳴き止む場合がほとんどです。
そのためご近所迷惑を考えて夜間に付き添うため、睡眠不足になったり、ご近所からのクレームに頭を悩ませる方もおられます。
夜泣きを完全にやめさす有効な治療法は残念ながらありません。
しかし夜泣きを緩和する方法はあります。
①昼間にできるだけ日光浴をさせて、日照リズムを元に戻してあげる。
歩行可能であれば、外界の刺激や歩行機能維持や筋力の低下防止のためできる限り散歩してあげるのがいいと思います。
②室外飼育の場合はできるだけ室内に入れてあげてください。
保温や換気に注意して、真っ暗にせず、薄明かりで夜間を過ごすのもいいかもしれません。
③サプリメントの補充は、軽度の痴呆の場合多少効果があります。
不飽和脂肪酸であるDHAやEPAが老化の進行を抑制します。
ただしこのサプリメントのみで夜泣きを抑えることはできませんので、あくまでも補助療法です。
④夜泣きを薬物投与によって完全にコントロールはできませんが、どうしてもやむをえない場合、睡眠薬や鎮静剤やトランキライザーを投薬します。
基本的には睡眠薬は睡眠導入のために使用することが原則ですから、痴呆犬の場合完全な睡眠状態を得るためにはかなりの高用量を投与することになります。
そのため痴呆状態は悪化し、完全な寝たきりになったり、意思の疎通が困難になったり、心肺機能や内臓機能の低下が懸念されます。
多くの痴呆犬の飼い主さんはこのことを了解した上で薬物療法を選択していただくようです。
2)床ずれの管理
床ずれは専門的には、褥創と呼び、体の一部が持続的な圧力が加わることで、その部分の皮膚の血行が阻害されて壊死がおこり、皮膚に潰瘍やびらんが発生します。
床ずれのほとんどが中型犬から大型犬に見られ、小型犬では少ないようです。
ヒトの介護では床ずれについてかなり管理がマニュアル化しており、十分な介護がなされています。
ペットの場合は多くが高齢であり、飼い主さんのペットにかかわる時間が制限されるため早期の発見は困難な場合があります。
そのため潰瘍が進行し化膿して悪臭で気づくこともあります。
①マットの使用
ヒトの場合専用のマットが多く市販されていますが、ペットの場合多くの犬が排泄によりマットを汚すことが多くヒト用のものは使用しにくいかもしれません。
現在ペット用の防水機能付き低反発マットが市販されていますのでそれらのものを購入されるのがいいかもしれません。
②おむつの使用
ペット用のおむつについては多くの種類のものが市販されています。
かなり機能もよく、尿ただれの発生も少なくなりました。
しかしおなか周りの毛を刈ってやり汚れが毛に絡みつかないよう気を使ってもらい、内股がおむつのゴムが食い込んで皮膚病を発生することがあるため、1日3~4回の交換が必要かもしれません。
③体位変換
以前は体位変換が床ずれの予防に有効と考えられましたが、現在は低反発マットなどの除圧が可能なマットがあるため、無理やり体位を変えることによりペットにかえってストレスを与えることもあるため必要最小限でいいと思います。
④マッサージ
寝たきりのペットは手足が細くなり、関節も曲がりにくくなります。
そのため、さらに運動機能が低下します。そのため、関節をゆっくり曲げてあげ筋肉や関節の機能の低下を予防しましょう。
また太ももから腰回り、首筋から腕回りを軽くマッサージ行い、温かいタオルで拭いてあげることにより慢性的な疼痛が軽減することもあります。
* 床ずれがひどくなったら
床ずれがひどくなった場合は病院へ連れてきてください。
完全に治すことが困難でも傷の管理ができるいろいろな方法を紹介できます。
現在では傷を早期に治すドレッシング剤(被覆材)が多くありますので、市販されている商品を紹介することも可能です。
3)食事の注意
痴呆犬は食事を自分で食べることが困難であり、また食べる動作をしていても飲み込めなく十分に栄養が取れていないケースもあります。
また飲水もできない場合は栄養失調と脱水状態に陥っていることもあります。
動物病院にはペースト状の栄養フードがあり、水に溶けやすく投与が簡単にできます。
また経腸栄養と言い、管を使用した栄養ルートを設置して胃内に食事を投与することも可能です。
麻酔がない場合は鼻から管を留置する場合と、麻酔が可能であれば、内視鏡を使用して胃内に管を留置する場合があります。
胃内に留置した方が管理はしやすく、多くの食事が投与できペットも嫌がりません。